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journal

メンヘラおばさんの日常

私はこれでソシャゲをやめました

 今月から完全にソシャゲと縁を切った。

 先月半ばにとても体調が悪くて、スマホの画面を見ると頭痛がひどくなることに気づいて、最初はあくまで「体調のため一時的に」サイトにアクセスしなくなったのだ。

 

 ちなみにサイト名はGで始まる4文字のアレ。登録した当時は学閥SNSと呼ばれていて、私も同級生に誘われて始めたような記憶がある。盛り上がったのは最初だけで、すぐアクセスしなくなった。しかしモバゲーが台頭し、怪盗ゲームのCMが流れるようになったころ、Gもゲームコンテンツを提供するようになったと知って、どんなものかと思い久しぶりにアクセスしてみた。そしてハマった。

 私はファミコン世代であるが、ゲームに触れることなく育ってきたので、ソシャゲが初めてのゲーム体験であった。初めに箱庭を作るゲーム、次にペット育成ゲーム、魚釣りゲーム。Gをプラットフォームとして新しいゲームが続々と配信され、最終的に私は箱庭を耕し、ペットを育て、牧場主になり、アパレルショップを運営し、アイドルを育成し、冒険者となって終わりのない戦いに身を投じるようになった。

 

 それぞれのゲームには大抵ログインボーナスというものがあり、0時になるとまずそれらを受け取るためにログインする。デイリークエストがある場合もあって、それをクリアすると何かもらえる。もらえるものをもらってから、ゲーム自体を進める。多くの場合は体力制限があって、体力が尽きるとゲームを進められなくなる。体力は時間で回復するので、また翌朝、お昼、夕方、夜……と、各ゲームにログインすることになる。

 これだけでも結構な時間の無駄だが、問題はそれぞれのゲームに期間限定の「イベント」が発生することだ。5日間とか1週間とか、一定の期間に通常とは違うルートが発生する。もしくは特定のお題が与えられる。それらの多くはチーム戦で、どのチームが一番優秀か、あるいはチーム内で誰が一番優秀か、一目でわかるようになっている。優秀な人のチームに入って、自分はサボっているのに上位報酬を受け取ったりすると、蛇蝎のごとく嫌われる。

 

 イベントで優秀な成績を残す方法は2つある。

  1. 金をかける
  2. 時間をかける

 金をかけるというのはつまり課金、ガチャとかガシャとか呼ばれるものを回すこと。時間をかけるというのは、24時間ゲームに張りついて、とにかくプレイし倒すこと。私の場合、リアルマネーをソシャゲのガチャに投じることには抵抗があった。そうなると時間を投じるしかない。

 仕事をしているうちはそれでもよかった。仕事中はゲームできなくて当たり前だし、明日のために早く寝なければならないとか、社会的な制約がつく。しかし無職はだめだ。さらに言うならメンヘラ無職はもっとだめだ。昼日中からスマホをポチポチして過ごすことができる。しかも、ポチポチすればするほどキャラクターがレベルアップしていく。メンヘラおばさん本人はどう見ても日々劣化しているのに、スマホの中の私は勝手に強くなる。挙句、チームに多大な貢献をして、メンバーから感謝されたり尊敬されたりしてしまう。だめだ!こんなことで今話題の承認欲求が満たされてしまってはいけない!危険すぎる!!

 

 そう思いながら何か月もたっていた。先月半ばに体調不良からスマホの画面が見られなくなって、「体調不良のためしばらく休みます」のメッセージを各位に向けて残した瞬間、なんだかホッとした。それから2週間ほど、サイトにアクセスしなかった。ほったらかしにしていた。「あ、ほったらかしにしていいんだ……」という気持ちであった。

 月が明けて3月。「やめられる」と確信した私はサイトにアクセスし、すべてのゲームをやめる旨を連絡した。しばらくは「やめちゃうんですか~?」「はい」「やめないでくださいよ~」「いやいや」みたいなやりとりをしたけど、必要な連絡が済んだと思われる時点から現在まで、ゲームサイトを1度も見ていない。

 

 あんなに毎日遊んでいたのに、やめると決めたら早いもんだなと思った。あれだけの時間を費やしたのに、実際に手元に残っているものは何もない。「楽しかったな」という思い出だけである。顔も名前も知らない人と、ワイワイ言いながらゲームをしていた。無駄と言えば無駄だけど、まあ思い出としては悪くないよな、と思っている。

 しかしこれも実は「無課金だったから」やめられたのかもしれない。何万円もガチャに投じた後だったら、意地になってやめられなかったかもしれない。世の中のラブライバーやミリマスおじさんにおかれましては、ゲームを辞めたくなった場合のことも考えて、適度な課金を心がけてほしいと思う次第である。まあ、課金を厭うなどプロデューサーの資格なし、という価値観も存在すると思うので、余計なお世話ではあるのだけれど。