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journal

メンヘラおばさんの日常

適切な相談相手を選ぼう

 どうもこんにちは、メンヘラで無職のおばさんです。

 メンヘラで無職なので、家族以外の人間とほとんど話をしません。1日のうち家族意外と交わした言葉が「(支払い方法は)nanacoでお願いします」「(ビニール袋は)いりません」の2語しかない、という日がよくあります。

 家にいるとどうしても父親より母親との会話が多くなります。父親は自分から話すタイプではない一方、母親は人と話すのが好きですから、どうしてもそうなります。しかし、ときどき「母親と話すのしんどいな」と思うときがあります。しんどいのを我慢して話し続けていると、それまで通常だったメンタルが一転かき曇り、会話をふいに打ち切って部屋で寝込んでしまう、ということもあります。なんでだろうなー、と自分でも不思議に思っていたんですけど。

 

 

 たとえば母親に「病気のため注意力が散漫になって困っている。今日も○○を失敗してしまった」という話をしたとします。すると母親は「わかる~。私もこないだ××しちゃって~。トシとると誰でもそうなるのよね~」と返してきます。その言葉を聞くと私はこう考えます。

 

「わかる~」→それはどうも

「私もこないだ××しちゃって~」→そうですか

「トシとると誰でもそうなるのよね~」→誰でも?主語がこの世にいる人間全員!?っていうか加齢の話なの?私あなたより加齢してないけど、加齢の話ってことでいいの!?え、テーマ加齢だっけ?主語大きすぎじゃね??

 

 ……とまあ、こんな感じで会話が続いていくんですね。「ワカルー超ワカルー」「みんな一緒だよねー誰でも苦しんでるんだよーメンヘラちゃんだけじゃないよー」「私なんてこないだこんなことがあってー実はメンヘラちゃんよりもっと大変な思いをしてるんだゾッ☆」みたいなジャブが続くんですよ。わりと地獄です。

 

 ただ、これって女性の会話あるあるというか、「わかるー」で共感して「実は私も」で問題を共有して「みんな苦しんでるんだよねー」で共闘する流れ、女性間の交流においては大切なんですよね。女の人は中学生ぐらいからこういう流れで会話してます。たぶんおばあちゃんになってもこういう流れで会話してます。

 もしかしたら縄文時代から同じような会話をしてるかもしれない。男の人たちが狩りに出かけてる間、女の人が集まって木の実を叩いて粉にしたり繊維を編んで布にしたりしてるときに、「うちの旦那すっごい狩りがヘタなんだよねー」「わかるーうちもウサギぐらいしかとってきてくれなくてー」「子どもが食べ盛りなのに困るよねー」「たまにはマンモスぐらい狩ってきてほしいー」「それな」みたいな話で盛り上がってたかもしれない。

 しかし、メンヘラさんにとってはこういう女子女子しい会話は結構つらいものです。着地点が見えない会話は苦痛です。そういう会話は毎日「脳内ひとり会議」でやってます(それでよく「死ぬしかない」が結論に来ます)。誰かと話すからには、自分では思いつかないような解決策とか、ひとりでは考えつかない別の見方とかを教えてもらいたいのです。

 

 そこで先日から相談相手を父親に変えてみました。「AにするかBにするかで迷っている。Aにするメリットはこう、デメリットはこう。Bにするメリットはこう、デメリットはこう。さてどうするべきか」という話をしました。なお、母親相手だとここまで話がたどりつきません。「AにするかBにするかで迷っている」と話した時点で「そうだよねー迷うよねーでもそれってみんなが迷うところだよねー私が昔経験したことでこんなことがあってー」と話を持っていかれます。

 父親は頭の回転がものすごくいいとか、気の利いた言い回しができるとか、そういうのは一切ないんですけど、じっくり考えて「現時点でおれはこう思う」という答えを出してきます。今回は話している途中で長考に入りました。ちなみに母親は黙っているのが苦手なので、何かを喋りながら考えるようです(自分が喋った言葉に触発されて論点がずれることもままあります)。

 父親が考えても結論が出ない場合は「保留」という回答になります。母親が考えても結論が出ない場合は「まあなんとかなるよ」という回答になります。

 

 で、結果から言うと、私は相談相手を父親に変えてすごくよかったと思いました。これ、男脳がどうとか女脳がどうとか、そういう話をしたいのではないです。向き不向きというか、相性の問題って大きいなあ、ってな話です。

 自分のことを心配してくれて、積極的に話を聞こうとしてくれる人がいる。それはすごくありがたいことです。でも、会話の相性が悪ければ残念ながらどうにもならない。「まあなんとかなるよ」と言われて救われる人もいるでしょうし、「なんとかならないから話してんじゃねーかクソ」とキレる人もいます。メンヘラになる前は親友だと思っていたのに、メンヘラになってからはその人と話すだけでしんどい、そんな悲しい変化も起こりえます。メンヘラ発症前には「頼れるメンター」であった人が、発症後もそうであるとは限らないのです。

 メンヘラ各位におかれましては、「いい人なんだけど、この人と話すとなんか疲れるな」と思ったら、カドが立たない程度のタイミングで、できるだけ速やかに会話から撤収することをおすすめします。「いい人」だと感じていることは事実なので、人間関係自体を終わらせる必要はないと思いますが、ガチ相談の相手としてはチョイスすべきではないです。現在の自分の状態に合った相談相手を、ほかに見つけていきましょう。