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メンヘラおばさんの日常

今週のお題「私のタラレバ」

病気のこと

今週のお題「私のタラレバ」

 

「もしも私が新卒でブラック企業の中のブラック部署を引き当ててうつ病になっていなかったら」どうなっていたでしょうか。

 

 私の夢は、とにかく「東京に住む人」になることでした。

 

nikon-deux.hatenablog.jp

  上記の記事に書いたとおり、私は関西という土地になじめないまま関西で育ちました。地元にいるのがいやでいやで仕方ありませんでした。将来はとにかく東京の大学に行って、そこで就職するんだ!ということだけを考えていました。

 だからもし、ブラック企業のブラック部署に配属されていなければ。もしくは、配属先にうまく適応してうつ病になっていなければ。私は今も東京に住んでいたことでしょう。夢を叶えていたことでしょう。

 

 今も、実家に住んで地元で暮らしていることが本当にいやです。

 私の人生を賭けた夢は叶わなかったし、今後叶う可能性は宝くじが当たる可能性と同じぐらいであると予想されます。ちなみに、宝くじが当たる確率というのは、「せやっ」とかけ声をかけて思いっきり机に手刀を叩きつけて、手が机をスッと通過する確率と同じぐらいだそうです。

 あのとき、あの会社に入社していなかったら。危険を察知してすぐに逃げだしていたら。ああすればよかった、こうすればよかった。後悔はとまりません。

 

 でも、今テレビなどで映し出される東京の姿は、私があこがれた東京とは何かが違うなという感じがしています。学生時代、私は高円寺という街に住んでいました。ロックとインドと不謹慎と下町情緒を混ぜて佃煮にしたような街でした。毎週ミニシアターや小劇場の予定をチェックして、チケットを買うために九段下でバイトをしていました。バイトの帰りにはそのまま歩いて神保町へ行ったり、友達と表参道で待ち合わせて、裏原宿をうろついたりしました。目にするものは何もかも素敵で、でもその素敵を手に入れるためにはお金が足りなくて、いつもどきどきしていたような気がします。

 

 地元に連れ戻されて数年後、1度だけ高円寺に行きました。昔の下宿には誰か別の人が住んでいるようでした。よく利用していたレンタルビデオ店は、ヴィレッジヴァンガードになっていました。実家から徒歩5分の場所にあるヴィレッジヴァンガードと、品ぞろえは大して変わりませんでした。

 そもそも東京駅で降りた時点で「何か違う」感はありました。まだ手をつけてない感満載だった駅周辺がきれいに整備されて、あそびのない街になっていました。遊びはあるのでしょう。ゆとりという意味でのあそびが残されていませんでした。丸の内にいる人たちはみんなきれいな格好をして、迷うことなくコツコツと靴をならして歩いていました。ぼーっと口開けて上見てるのなんて私ぐらいでした。

 

 きれいな東京。あこがれの東京、スカイツリーがあって、オリンピックも行われる東京。ここに一生住み続けていたいと、別ルートの私は思ったでしょうか。

 思っていたとしたら、かなりいけすかないおばさんになっていそうです。東京に住んでることだけが自慢で、人の心の痛みもわからない、地元をとことんバカにする、自分は高学歴で成功者だと信じている、メンヘラじゃないおばさん。「もしも私が新卒でブラック企業の中のブラック部署を引き当ててうつ病になっていなかったら」、私はそんなふうになっていたのかもしれません。

 

 さて、どっちが幸せだったのかな。

 

東京を生きる

東京を生きる